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体 験 談 









ここからが新しいスタート 2人の子どもと毎日笑顔で過ごせるように
高知市・AOさん(30代)
 私には以前より、物事の後先を考えず浪費してしまう癖があり、それに病気(双極性感情障害、特にうつ状態)の症状も加わり、子供たちの教材や、自動車購入などをしてしまい、毎月の返済に苦しみ、キャッシングヤショッピングを続けてしまったことで債務が増えていきました。
 二人の子供が大きくなり、これからお金が必要になってくる時期に、公務員という職を自ら捨てることになり、今後の生活に大きな不安を抱え、眠れなくなる日もありました。
 その頃より、携帯のサイトで、「失業保険」や「債務整理」について検索することがあり、その中で「借金相談室リバース」というサイトでの無料相談をメールで行っていました。メールの返信には、自己破産が一番の対応策であること、又メールでの相談は難しく、直接電話での相談が分りやすく、他の相談事務所でもメールだけの対応は困難であること、国の機関として「法テラス」があるという内容でした。
 その返信をもらった時には、自分の負債額に対しての情けなさや、自己破産という言葉に戸惑いや抵抗感があり、すぐに動くことは出来ず、悩んでいました。
 しかし、いつまで悩んでいても借金の解決にはならず、不安ヤストレスは消えないまま、2人の子供を抱え生活していかなくてはならないことに気付き、新しい職場での仕事が始まる前に、まず専門の方に相談してみようと思い、メールの返信で知った「法テラス」に足を運びましだ。最初は女性の方に債務の内容を新設に聞いていただき、司法書士の先生を紹介していただきました。
 先生にも「自己破産するのがベスト」と言われ、「いろんな悩みがあるなら、うろこの会≠ノ「行ってみてはどうか?」ということで、「うろこの会」を知り、すぐに相談に行かせてもらいました。
 「うろこの会」の方は、親身になっていろんな手続きのアドバイスを早急にしてくださり、仕事が始まる前日には、裁判所への自己破産の手続きを終わらすことができました。
 「うろこの会」の相談員の方は、私の「もっと速く来たらよかった・・・」という言葉に対し、「ここへ来た人は誰でも同じことを言うよ。大丈夫だから」と声をかけてくださり、「あなたも仕事が始まったら忙しくなるだろうから、早く済ませましょう」という言葉で、肩の荷が軽くなり、本当に助かっています。
 今後は、毎月必ず家計簿をつけながら以前のような浪費をしないように自己管理をしっかりしていきたい。また、節約できるところは節約し、子どものために少しでも貯金していきたいと考えています。
 自己破産することで、借入先のローン会社や銀行には多大な迷惑をかけてしまい、本当に申し訳なく思いますが、ココからが新しい始まり。ゼロからのスタートだと思って、2人の子どもたちに辛く悲しい思いをさせることなく、毎日笑顔で過ごせるように頑張っていきたい。又、中断していた診察も定期的に受け、病気もきちんと治していきたいと考えています。

テレビで多重債務相談の報道を見て・・・
高知市 M・Fさん(69才・男)
 私は昭和45年頃、高知市で寿司調理師として頑張っていましたが、競輪やパチンコといった賭け事を覚え、小遣いをつぎ込んでいました。
 その当時のパチンコは少しのお金で遊べ、始めのうちは、大きな借金までする事も有りませんでしたが、競輪には燃えました。少しずつ小遣いがたりなくなり、前借りをする、その前借り分が妻にバレない様に、サラ金から借金をして給料袋に入れる・・・この繰り返しで少しずつ借金がふえていった様に思います。
 昭和60頃、高知市内のホテルのレストランに職場が移りましたが、やはり借金はついて回わりその上、おまとめローンの詐欺被害にあい、50万円振り込みましたが、融資の金は振り込まれず、その上また50万円振り込むようにといわれ、やっと詐欺だと気がつきました。警察に言っても相手にしてくれません、そこで私は相手に何度も電話をして「金、かえせ」としつこく迫りました。何とか半分だけは取り返しましたが、気がつけば、妻とは離婚をする状況にまでなっていました。
 平成11年頃からリュウマチのため腕が自由にうごかせなくなり、調理師の仕事が出来なくなりました。そのあとは色々な仕事を転々と、そして気づいたときには、200万円の借金と、その利息を支払う為にだけ働いていたのです。
 働くことに何の意味があるのかと、考える事がありました。
 そんな時でした、今年の5月、偶然にもテレビのニュースで「改正貸金業法」とか「110番相談会」とかの報道を視て、「高知うろこの会」の事を知りました。ワラにもすがる思い≠ナ、「うろこの会」に予約の電話を入れました。当日スタッフの方の指示に従って必要な資料を持参しました。
 これからどのように返済してゆくか、そのことばかりが気になって落ち着きませんでしたが、スタッフの方との会話で少しずつ気持ちが軽くなり、借金のこと、いままでの生活の事などをお話しました。
 借金については、取引が長いため過払いが発生している可能性があるとのことで、早速、取引履歴の請求手続きをし、スタッフの方から「取引履歴が送られてきたら、利息の引き直し計算をするから、その結果が出るまで返済をしないように」、と言われ同時に過払い金について説明をしてくれました。「もう、返済しなくてもいいのか!」「お金が返ってくるのか?」??・・・。本当に不思議な気分になりました。
 ギャンブルについて、コンコンと注意され、帰ることになりましたが、スタッフのみんなに「顔色がえいねー」と、からかわれるくらい、気持ちが楽になっていました。
 それからは交流会にも参加し、会員の皆さんとも話しが出来るくらい、毎日の生活に張り合いと、そして何より仕事も頑張っております。
 もちろん過払い金も、裁判で取り戻しました。
 今後、「うろこの会」の会員として、何かの役に立つ生き方をしたいと思っています。

 借金苦! 暴力!  頭真っ白・・・1枚のリーフレットが!
幡多出身 K.M さん 

 私は56才。県最西部で生活していた主婦でした。昨年9月主人と離婚しました。子供たち2人の娘は、それぞれ嫁いだり、独立して働いています。
 32年前、結婚した当時から主人には借金があったため、私もスーパー等で働いて家計を助けていましたが、主人は雨が降ったら仕事を休み、カッパを持って趣味の寒蘭を取りにいったり、お酒を飲んだりで、生活費も私の給料をあてにして5〜6万円しか入れてくれません。
 これでは子ども達の保育料も払えないので、そのことを主人に云うと、「おまえも働きゆうやないか」と言って、自分の趣味やお酒に使っていました。そんな状態で生活は苦しくなるばかりでした。
 その様な生活がしばらく続いた後でした、私はとうとう、消費者金融から初めてお金を借りたのです。
 私はいままで以上に頑張って働きましたが、ストレスで3週間位入院したり、3年後にまた子宮筋腫で入院、次女の入院、関西に住んでいる実母の入院と、次々に災いが・・。もう、どうしていいのか分からなくなり、又他社から借金をすることになりました。
 支払いをするために、仕事も二つ掛け持ちでヤリクリして頑張っていました。そんな時でした、職場の友人から保証人になって欲しいと頼まれ、一度は断っていましたが、絶対に迷惑かけないと言われ、とうとう判をついてしまいました。
 結局、騙されてしまい借金だけが残り、親・兄弟・親戚に借金して、主人や家族には内緒で処理していました。
 そんな時でした、携帯に「お金のご入用はないですか」と・・・・アア、これで何とかなる、と救われた気持ちで話しにのってしまいました。「そちらから2、3回お金を振り込んで下さい、そうしたら、まとまったお金をお貸しします」と言われ、その通りにしましたが、振り込んで来ず、なんやかやと理由をつけて、あと1回、あと1回と言うばかりで、私が詐欺ではないかと聞くと、「違います、あと4〜5回で終わりです」と言われ、結局1年7ヶ月も振り込んでしまいました。それもサラ金や友人達からの借金でした、「もう借りるところも無いのでやめます」と断ったら、「金が無かったら、バケツを持って道にでも立って金を用意しろ」とヤクザのような口調で怒鳴られ、怖くなり警察に被害届けを出し、ヤミ金に電話もしてもらいましたが、それからのイヤガラセはハンパじゃなく、とうとう主人にも知れ、家族にも知られ、家の中はグチャグチャになりました。
 主人は晩酌の度に、ぐちぐちと私を責めるし、消費者金融の取り立て電話は入るし、血圧はあがるし、夜は眠れないし、そうしてついに次女に話して、彼女の名義でサラ金からお金を借り、とうとう子どもまで捲き込んでしまいました。
 あの、ヤミ金の電話を受けたころから、私の精神状態はもう、おかしくなっていたのかも知れません、精神的にもボロボロになり、母親としても情けなくなり、生きることに疲れ、何回となく死ぬことを思い、どこで死ねばいいかと、うろうろとさまよった事もありました。 
 そんな時でした、(昨年8月)銀行のカウンターの小さな冊子が目につきました。そのリーフレットで「高知うろこの会」の存在を知り、思い切って電話をしました。
 今までの事、すべてを話し、次女名義の借金が、相手から提訴され、期日が迫っていることなど説明しました。
 その翌日「うろこの会」の相談員の人が、わざわざ中村の駅まで来てくれました。
 次女名義の件で、裁判所への対応手続き、その他の処理について色々と書類を持って来てくれました。また私の債務処理についての方法など詳しく説明をしてくれ少し安心しました。
 でも、あくる日、長女や主人にバレそうになり、これ以上この家にいたら主人からまた暴力をうけると思い怖くなりました。私が居ない方がいいと思い、帰らないつもりで荷物を持って家を出ました。
 高知駅へ着いて、「うろこの会」へ電話連絡をし、迎えに来てもらいました。突然の事でスタッフの方に大変ご迷惑をおかけしましたが、それでも事情を聞き即、対応してくれました。 私はスタッフの奔走によりひとまず、女性支援センターにお世話になる事になりました。
 「うろこの会」では、今後のことについて、自己破産、一時的に生活保護の申請等を視野に検討し、まず取引履歴を請求しました。またその間、ハローワークへの就職活動などもしていくことにしましたが、その為に、バイクが必要になり、私が高知に来る前に、地元の駅に乗り捨てて来たバイクのことを話すと、スタッフの方がわざわざ取りに行ってくれました。おかげで仕事先がすぐにきまりました。
 取引履歴が届き、法定金利に引き直し計算をした結果、なんと過払い金が発生している事がわかり、早速請求の手続きをしました。自己破産や生活保護の申請をする事も無く、支援センターで生活していましたが、9月中旬「うろこの会」宛に主人より離婚届が送られてきました。「うろこの会」のスタッフの方は、これを機会にアパートを借りて自立することをすすめてくれ、社会福祉協議会から、その費用などを借りる為の手続きなど一切をやってくれました。11月25日やっと引っ越しする事が出来ました、もちろん色々家具、夜具、食器類などもそろえ、新しい年を迎える事ができました。過払い金の返還も4月末頃には振り込まれる事になりました。今私は本当に充実した毎日を送っています、この様な生活が送れる日が二度とくるとは思ってもいませんでした。同時に、私は何ということをしてしまったのか、主人や子ども達にどう償っていけばいいのかと悩んでいます。
 しかし、私はこれから、頑張って、前向きに生きて行きます、「うろこの会」のスタッフの方達の運動と支援に感謝し、また私も「うろこの会」の会員になった事を誇りに、今後の活動にも参加したいとおもいます。女性支援センターのスタッフの皆様にも大変お世話になりました。
あの一枚のリーフレットのお陰で、私は今再出発を・・・・・。

過払い金返還に成功 多重債務15年のくるしみから一転
   四万十市Y(男)57才自営業
  この度は大変お世話になりました。本当に心より感謝致しています。
 15年間働いたお金は、すべて借金の返済に当て自由になるお金は、全くありませんでした。
 家族も巻き込み地獄の日々を送っていました。考える事は,どんなになって終るのだろうかと思う不安でした。
 今年の3月新聞でうろこの会の事を知り、わらにもすがる思いで相談にお伺い致しました。うろこの会の方々には、大変親切に相談に乗っていただき司法書士の方を紹介していただきまして今年の7月16日に多重債務から解放されました。
 そして300万円ほど払い過ぎていた分も返ってきました。おかげさまで滞納していた税金と銀行よりカードローンで借りていた分を払い込み出来ました。
 それもこれも塩谷一彦様そしてスタッフの方々のおかげです。決してあの苦しかった日々の事を忘れる事なく真面目に生活していかなくてはいけないと心に誓っています。皆様から受けたご恩は決して忘れる事はありません。本当に有りがとうございました。
 毎日暑い日が続いています,どうかお体に気をつけて下さい。

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